僕が開院した理由

2014年4月8日。

奈良県香芝市の旭ヶ丘で、小さな産声をあげた整骨院。

それが「姿勢改善すこやか整骨院」です。

実は資格を取ったのは、そこからさかのぼること7年前の話。

当時の僕は、奈良県内にある小さな整形外科で働いていました。

毎日多くの患者さんが訪れ、僕はリハビリスタッフとして忙しく過ごす毎日。

骨折後の拘縮、脊柱管狭窄症、後縦靭帯骨化症、、、

整形外科ならではの症例を、数多く体験することができたのも、この頃の話です。

ただ、当時の僕はというと、筋肉をもみほぐすような、いわゆる「マッサージ」しかできなかったこともあり、行きつ戻りつの症状に四苦八苦しながら毎日を過ごしていたことを今でもはっきりと覚えています。

そんな整形外科での毎日を過ごす中、こんなことがありました。

二人の変形性ひざ関節症の患者さん。

年齢も背格好もおおよそ同じ、症状も似ていました。

同じ時期から通院を始めたのに、一人は症状が悪化、もう一人はすでにリハビリを受けなくても問題ないレベルに。

『同じような症状で同じようなリハビリを受けても、症状が解消される場合とされない場合があるのはなぜだろう?』

今の自分には、見えていない何かがあるのかもしれない。

もしかすると、根本的な何かを見落としている可能性もある。

そう思った僕は、根本的な問題解決を志し、お医者さんの指示のもとリハビリを行う病院での仕事を退職し、思い切って整骨院に入職してみようと動き出したのです。

入職して程なくして、僕は分院長として一つの院を任せていただくことになりました。

「自分でしっかり検査して、見落としていた何かを見つけてやるんだ!」

そういった意気込みに反して、整形勤務時代と変わらない毎日が続きます。

「やってもらった時は楽になるんですけど」

申し訳なさそうに、僕たちにそう伝える患者さんの顔。

自分の無力さを痛感し、本当に苦労しました。

そんなある日、僕にある不幸が訪れます。

交通事故です。

バイクに乗っていて、前の車を避けようとした際にガードレールに激突。

幸い、フルフェイスのヘルメットをかぶっていたこともあり、むち打ちと軽い打撲程度で済んだのですが、その後が大変でした。

そう、むち打ちの後遺症です。

事故を起こして最初のうちは気にならなかったのですが、日を追うごとにひどい頭痛や、気分の悪さに悩まされることに。

以前勤めていた整形外科でも、よくむち打ちの患者さんを見ていたので、このあとどんな事態になるのかはおおよそ予測がつきました。

「むち打ち患者の多くは、一生痛みと向き合うことになる」

当時、院長先生から聞いた言葉が頭をよぎります。

(何かいい方法ってないのかなぁ)

整骨院のベッドに座りながら物思いにふけっていて、ふと顔を上げてみると、そこには鏡に映った自分自身の姿があり、そこであることに気づいたのです。

(あれっ?僕ってこんなに姿勢悪かったっけ?)

そう、事故の前に比べて、自分の姿勢が極端に悪くなっていたことに。

そこから僕は、姿勢に関してのいろんな勉強を行いました。

週末になったらほぼ必ず何かのセミナーに行っていたのもこの頃です。

そこで僕は運命的な出会いを果たします。

広島国際大学の蒲田和芳先生との出会いです。

スポーツリハビリを専門にされており、「からだのゆがみを科学する」をテーマに研究なさっている先生。

早速、蒲田先生から学んだことを自分の体で試してみたところ、あんなに大変だったむち打ちの症状が嘘のようになくなったのです。

当時、自分の体の状態の悪さで諦めていた運動もドンドンできるようになると、うっ滞していた気分も晴れ、気持ちが前向きになっていくのをひしひしと感じました。

もちろん、あれから何年も経っていますが、症状が戻ったことは一度もありません。

それからも、業界の大御所と呼ばれる先生方と出会い、貴重なお話をたくさん聞かせていただき、一つの核心に至りました。

「ゆがみを直して痛みを治す、気分も晴れる」

ようやく自分の目指すカタチに出会うことができた僕は、ここ香芝市で、これまでのご縁に感謝しながら、自分の目指すべき本当の治療のあり方を追求するために開業することにしたのです。

そして、姿勢を通して心も体も健康になっていただきたいという思いから、屋号を「姿勢改善すこやか整骨院」と決めました。

現在も、当時と変わらぬ想いで、毎日クライアントさんと向き合っています。